Se connecter体は疲労と裂傷でヘトヘトだ。お腹も減ったし血も足りない。それでも負けてやる気など微塵も無かった。
上空に視線を向けると、そこでは相変わらず伽陸が笑いながら戦いを傍観している。その態度がムカついた。
妖魔に目をやる。全身傷だらけだが、首を落とすにはまだ足りない。さすがに弱点なだけあって守りが硬かった。ならば守れない場所を狙えばいい。
四肢に、そして妖刀にまで霊力を巡らせ、地を蹴り駆ける。
妖魔は立ち上がり腕を振り回した。
鋭い爪が頬を掠め、血が舞う。
それにも構わずに突進する。
猛攻を掻い潜り巨体に肉薄すると、全体重を乗せて曝け出された腹に突きを叩き込む。
「おぉぉぉぉぉぉおおっ!」
雄叫びと共に渾身の力で斬り上げれば、腹が裂け内蔵が飛び散り、腐敗臭を撒き散らしながら妖魔が絶叫する。
そのまま前方に倒れ伏し、起き上がれないまま踠き苦しむ様は醜悪だ。
律は肩で息をしながら首をよじ登り、頭上に立つと刀に渾身の力を込めて脳天に突き刺した。
それは頭蓋を割り脳に達する。そのまま掻き回すように抉ると、妖魔は痙攣を繰り返し動かなくなった。さすがに脳を破壊されては、特殊な妖魔と言えど一溜りも無い。
それを確認して空を仰ぐ。
睨んだ先には伽陸の姿。
その顔は朝日に照らされ、はっきりと認識できた。そこにあったのは白い顔。目と口だけが弧を描く仮面だ。それはまるでピエロの様で気味が悪い。その右側面に血の様な赤で
「お見事でございます。出向いた甲斐があったというものです。ますます欲しくなりました」
欲しい?
何の事を言っているのだろうか。
睨み合う二人の間を朝日が焼いた。
それと同時に大量の足音が近づいてくる。やっと応援が到着したようだ。
「次は君だよ」
律が刀を向けて挑発するも、伽陸は肩を竦め笑う。
「折角のご指名ですがそろそろお暇いたしま
二人はお互いの温もりを感じあい、抱きしめあう。それは至福の時だった。共に生き、共に死ぬ。言葉にせずとも伝わる不思議な感覚。 思わず抱きしめてしまった事に、今更羞恥を覚えた優斗は口を尖らせ、少しの非難を込める。「あ、それと! 連絡くらい寄越せよ。心配、したんだからな……」 頬を染めながらお強請りとも取れる事を言う。そんな優斗を可愛らしく思う律は頭を撫で頬を寄せる。「うん、ごめんね。俺、優斗みたいに大事な人、今までいなかったから気が回らなかった。今度からはちゃんと連絡するよ」 幸せな時間はゆったりと流れた。お互いの体温を求め合いひとつに重なる。 だが、そんな一時も腹に感じた違和感で優斗は現実に引き戻される。何やら硬い物が当たっていた。それを確認すると途端に青ざめる。「おい! お前何考えて……!」 離れようと踠くが律の力は強くて抜け出せない。そのまま顔が近づいてきた。「優斗……大好き」 優斗の脳内で警鐘が鳴り響きヤバいと思うも律は止まってくれない。自業自得とも取れるが優斗はあくまで友情として言ったつもりだったのに律に火をつけてしまった。そのまま壁に押し付けられ逃げ場を失う。「律! おい、まっ」 慌てふためくも功を成さず唇を塞がれてしまった。胸を叩いて抗議するが律は意に介さない。必死に抗いなんとか食いしばるも耳を触られ嬌声が漏れた。その隙に舌を捩じ込まれ絡められる。「ん……ふっ、ぅ」 キスなど初めての優斗は律に翻弄されるがままだ。息継ぎもままならず足に力が入らない。何度も舌を吸われ下腹部が熱を持つ。頭の中はグズグズに蕩け何も考えられない。だが、ベルトに手にがかかりカチャリと鳴る音に我に返った優斗は一層の危機を感じ思いっきり頭を殴りつけた。それでやっと解放され素早く距離を取ると唇を拭う。「お、お前なぁ、調子に乗るなよ! 友達だって言ってるだろうが! それを、な、なん……」 顔を真っ赤に染めて文句を言うが律はだらしなく笑っている。「えへへ~。キスしちゃった。は~幸せ。もっ
武術訓練は散々な結果に終わった。既に菖蒲と全力でぶつかった後だ。それでも後堂は手加減しなかった。何度も模擬刀で打たれ打撲だらけだ。その体を引きずって家路についた。エレベーターを呼び、待っているのも辛い。壁にもたれかかって待つ間、律の事を考える。スマホを見ても未だに連絡は入っていなかった。 せめて無事かどうかだけでも知りたいのに、誰も教えてくれない。情報部の小路も忙しいらしく捕まらなかった。父達も、別の仕事で留守にしている。他にあての無い優斗は、ただ待つ事しかできなかった。降りてきたエレベーターに乗り込むと、切れかかった電灯がちらつく。ワイヤーを登る音だけが鳴るエレベーター内は不気味だ。部屋のある十二階が、酷く遠くに感じられた。 やっと到着したエレベーターは、電子音と共に開くと暗い廊下が伸びている。優斗達の居室は一番奥だ。角部屋は日当たりが良いが、今の体では億劫で、誰にとも無く悪態をつく。 ――くそっ。遠いんだよ。誰だこの部屋を宛がった奴。 ぶつくさと文句を言いながら、辿り着いた居室の扉に鍵を差し込んだ。しかし、回しても手応えが無い。 ――開いてる……? そう思った時には勢いよく扉を開けていた。そこには電気が灯り人の気配がある。急いで靴を脱ぎ、リビングへ入ると律がキッチンに立っていた。呆然と佇む優斗に気付いた律が、振り返り満面の笑みを浮かべ腕を広げて走りよってきた。だがその勢いは優斗の一歩手前で止まり、気まずげに俯く。「優斗、あの、おかえりなさい。ご飯、食べるよね。今日はね、買い物もしてきたからご馳走だよ。ステーキとシチューでしょ。サラダもちゃんと作ったんだ。それからご飯もガーリックライスで……」 そう言う律の体は包帯だらけだ。痛ましいその姿に優斗の胸が締め付けられる。傷のひとつひとつが愛しくて、恋しくて、気が付けば律を抱きしめていた。「ごめん……ごめんな。僕がもっと強ければ、お前を傷付けたりしなかったのに。喧嘩別れしたまま会えなくて辛かった。こんなの初めてでどうしていいか分からなくて……僕はお前のためにもっと強くなって共切も使いこなすから、だから……頼む。傍にいさせてく
何度も打ち合っていたのだ。握力も限界だったのだろう。 愕然とする菖蒲に、更に追い打ちをかけようと一歩踏み出すも、優斗の体力も尽きていた。ふらりとよろけると、その場にへたりむ。だが、その目はまだ闘争心でギラついている。その目に菖蒲は怖気付いた。今まで妖魔の存在さえ知らず、安穏と暮らしていたはずの子供がこんな目をするのか。 菖蒲は継承候補者と言っても実戦に出た事は無かった。ただ共切を継承するためにその時間の全てを注いできたのだ。隊員と手合わせした事もある。だがここまで勝ちに執着する者は初めてだった。 今思えば本家という肩書きに手を抜かれていたのかもしれない。それは菖蒲を侮辱するものだ。そんな事に気付きもせずに慢心していた自身にも腹が立った。 満身創痍でも戦意を失わない優斗をじっと見つめる。それが羨ましいと思った。自分に課せられた使命を全うするため共切に固執していたが力だけではダメなのか。共切が何故優斗を選んだのか少し分かった気がした。 菖蒲の体力も尽き膝をつく。二人は睨み合ったまま動けなくなってしまう。 結果は相打ち。 それに衝撃を受けたのは連れ立ってやってきた蓮と茉莉花だ。まさか相打ちなんて中途半端な終わり方をするとは思っていなかったのだろう。最初の態度を見ても余程自信があったようだがそれがぽっと出のチビにやられたのだ。信じられるはずも無い。菖蒲の元に駆け寄ると心配そうに声をかけている。「菖蒲! 大丈夫か? まさかこんな……てめぇ、調子に乗るなよ」 そう言って菖蒲の模擬刀を奪い取り蓮が向かってこようとした。優斗も身構えたが後堂が割って入る。「そこまで。もういいでしょう。小堺君の力は十分に分かったはずです。以前から申していましたが、あなた方は血筋に頼りすぎている。その驕り高ぶった根性を叩き直しなさい。共切に拘らず妖刀を手に現場を体験するべきです。そうしていれば結果も違っていたでしょう。これはそれをしなかったあな方の失態だ。この事は勿論本家にも報告させていただきます」 後堂の言い方で菖蒲達に実戦経験が無い事を悟った優斗は溜息を吐く。継承候補者と言うからには実
肘打ちを食らった右足が痺れ上手く力が入らない。それに気付いているのだろう菖蒲が不敵に笑う。「今度はこちらから行くぞ」 面の横に刀を掲げる霞の構えで踏み込んでくると鋭い突きが優斗を襲う。喉、心臓、鳩尾。急所を的確に突いてくる攻撃を優斗は全て払い落とした。だが足に力が入らないのもあり追いつくのも必死だ。継承候補者と言うだけの事はある。 優斗も妖魔相手の経験こそ塚封じの時に対峙した三回だけだが喧嘩慣れしている。ガキ大将相手に幾度も取っ組み合いの喧嘩をしてきたのだ。例え刀が無くともそれなりに戦える。それはまだ喧嘩の域を出ないが妖魔との戦いを想定して鍛えてきたであろう菖蒲となんとか渡り合っていた。 菖蒲の猛攻はなおも続く。斬り、払い、時には殴られあちこちに青痣が増えていく。優斗も負けじと果敢に攻める。上下左右死角を狙いフェイントも絡め隙を突く。菖蒲からも徐々に余裕が消え真剣味を帯びていった。その目にぞくりと快感が走る。優斗は知らず笑っていた。 ――楽しい! 楽しい! 楽しい! 辺りは優斗と菖蒲の荒い息と模擬刀の打ち合う音だけが鳴り響いている。そこには二人だけの世界ができあがっていた。祖父との手合わせでは得られなかった高揚感に優斗の下腹部は疼く。 その時、菖蒲の足がもつれ一瞬気が逸れた。優斗は踏み込み眼球めがけて突きを放つ。間一髪避けた顬に一筋の血が舞った。その鮮やかさに優斗は目を奪われる。 ――ああ、綺麗だ。 優斗は恍惚に頬を染める。 だがそれが隙に繋がった。顔面めがけて振り下ろされた模擬刀を受けると鍔迫り合いに持ち込まれてしまう。体格も小さく体力も削られている優斗にとっては圧倒的不利な状況だ。その機を逃さず菖蒲は足払いをかけた。敢え無く転倒し尻もちをついた優斗を菖蒲が睥睨する。「ふっ。これで……」 勝ちを確信するも勝負はまだ決まっていない。それは菖蒲の油断だった。 優斗は菖蒲の脛に足を絡め回転を利用して力技で床に叩きつける。強かに体を打ち付けた菖蒲は呻き声が漏れた。 優斗は素早く立ち上がり菖蒲の顔面を踏み潰そうと足を叩き
道場の中央で睨み合う優斗と菖蒲は模擬刀を構え対峙する。周りは隊員達がギャラリーの如く囲み、後堂も諦めたのか審判を買ってでた。 試合とはいえ実戦だ。圧倒的に経験不足な優斗の不利と思われる。それでも引く訳にはいかない。これから妖魔と戦っていくのだ。こんないけ好かない男に負けてなるか。それに共切が菖蒲の手に渡れば律はどうするのか。優斗にとってはその方が重要だった。 優斗に対する様に菖蒲に迫るのか。想像すると胸が酷く痛む。律の想いを避けたくせに手放すのは惜しいなど、なんとも虫のいい話だ。我ながら身勝手が過ぎる。それでも縋らずにはいられないのだ。律の笑顔を胸に一歩足を下げ模擬刀を構えた。 それに倣い菖蒲も構えを取る。 お互いに正眼の構えだ。 正眼はどんな攻撃にも対応できる基点となる構え。まずは様子見か。 後堂が腕を掲げる。 しんと静まる道場で二人は睨み合う。 腕が振り下ろされ開始の声が上がった。 その瞬間。 菖蒲は大きく踏み込み首を一直線に狙ってきた。 それを模擬刀で受けた優斗の口元は弧を描く。試合だというのに首を落とす勢いで攻めてきた菖蒲に興奮した。そっちがその気ならこちらとて殺すつもりでやってやる。 模擬刀を競り合わせたまま、刀身を滑らせるようにして菖蒲の懐に潜り込むと鳩尾に肘鉄を叩き込む。不意打ちを食らった菖蒲は咳き込み数歩下がった。「お前……! 卑怯な!」 責めるような視線に優斗は肩を竦めてみせる。「力を見たいと言ったのはあんただ。お上品な試合で満足か? あんただって首を狙ってきたんだ。殺す気だったんだろう? なら存分にやり合おうじゃないか」 嗤う優斗の瞳は暗い光を纏っていた。それは律や父と同じ闇に足を踏み入れた者の証。菖蒲は息を呑むと立ち上がり構えを取った。「面白い。そこまで言うならやってるさ。死んでも文句を言うなよ」 その言葉を受けて優斗も構える。今度は刀身を下げ半身の構えだ。 そして一足飛びに菖蒲に肉薄すると胴
隊員達にもしっかりと頭を下げて挨拶をする。上に立つ者にはそれなりの礼節が求められるのだ。父の立ち居振る舞いはどうかと思うが、それでも班長としての仕事はしっかり熟している。優斗もこれから現場で先陣を切っていくのだ。舐められず、しかし嫌われない絶妙なラインを維持しなければならない。そのための礼儀だ。 隊員達も一様にほっと息を吐く気配が伝わってくる。優斗とて瀬下の様な態度を取られなければ普通に接するのだ。それを真っ先に見せた瀬下にはある意味感謝してもいいのかもしれない。 時間も迫り優斗も列に加わろうとした。 その時。 道場の扉を乱暴に開き、三人の若者が乱入してきた。 男が二人。女が一人。歳は優斗と変わらないくらいだろうか。 先頭の男はこの暑い中、半袖のワイシャツにきっちりネクタイを締めている。黒髪をオールバックに撫で付け見た目からも気難しい性格が窺えた。 後ろの男はネクタイも緩く着崩して髪を伸ばしたチャラそうな外見だ。その耳には無数のピアスが光っている。 女も制服姿だ。丸襟のシャツに赤いボーダーのリボンを結び、揃いのスカートとボブの髪が揺れていた。 皆容姿は整っているがどこか冷めた印象を受ける。 後堂の様子を見ると舌打ちをしていた。どうやら招かれざる客の様だ。隊員達も騒ついている。その列を割り後堂が前に出て乱入者に恫喝した。「何用ですかな。今日の訓練にあなた達は参加しないはずでは? 今から始める所ですので邪魔しないでいただきたい」 しかし、乱入者達は意に介した風もなく後堂を睨んでいる。そして先頭の男が口を開いた。「今日ここに共切を抜いたヤツが来ると聞いている。出してもらおうか。俺達にはそいつを見極める義務がある。後堂さん、貴方も分かっているだろう。何処の馬の骨とも分からないヤツに共切を渡す訳にはいかない。あれは我らの切り札だ。相応しくないと判断すれば容赦はしない」 そう言いながら周囲を見回す。優斗は自分から進んでその視線に身を晒した。それを後堂が止めるが男達の目が鋭く射抜く。「お前か。名を名乗れ」